[再掲]新型コロナウイルスとシビックテックコミュニティの武器

Yasuto FURUKAWA
Dec 12, 2020

--

この記事は、Civictech1年目 Advent Calendar 2020 の 9日目の記事です。
ぽっかりこの日があいていたことと、「全国でCivicTech一年目の方がたくさん参加されたこのムーブメントもまあ1年目ネタにからむだろう!」、という大雑把な理由で雑誌に寄稿した記事をweb上に再掲しておきます。

もともとは技術評論社刊の ソフトウェアデザインでの連載「あなたのスキルは社会に役立つ」用の記事でして、技術評論社さんより転載許可をいただきました。ご協力に感謝いたします。

これを書いていたのは北海道コロナ情報まとめサイトができてまもない2020年3月の中頃だったと思います。自宅の仕事部屋にあるストーブに火をともしながら夜な夜な文章を編んでいましたが、半年以上先にまた同じ部屋で同じストーブにあたって(まだ)コロナのこと書いているなんて思いもよりませんでした(笑)。あと、記述内容は執筆時当時の情報のままですのでその点はご注意ください。見直してて、NHKさんの第一報記事とかサンフランシスコ版サイトのリンク先は切れていたので元原稿から削除しました。NHKさんはのほうは「おやっさん」こと札幌放送局のMさんがその後素晴らしい番組をつくってくださったので、こちらからどうぞ

まだなにも終わってもいませんし、好転もしていませんが、今後も起きるであろうさらなる課題や脅威の際の参考になれば幸いです。

初出:技術評論社刊 ソフトウェアデザイン (2020年6月号)

新型コロナウイルスとシビックテックコミュニティの武器

2020年初頭から流行している新型コロナウイルスは、世界中の人々に対してかつてない大きな脅威となっています。これに対し、東京都は新型コロナウイルス感染症対策サイトをMITライセンスで発表しました。本記事では、この東京都サイトをForkした北海道 新型コロナウイルスまとめサイト
が有志の手によって4日間でローンチされた経緯や背景について紹介します。このあとほぼ全国まで広がった同様の活動は、本連載100回目にふさわしく「エンジニアができる社会貢献」・「オープンデータ」・「官民協働」などすべてを内包した3.11以降における日本のシビックテックの大きな転換点になったと実感しています。

東京都版サイトのローンチ

2020年3月4日、東京都は「新型コロナウイルス感染症対策サイト」をリリースしました(図1)。都内の新型コロナウイルスの最新感染動向などの公式情報と客観的数値をグラフなどで表示したこのサイトは、ユーザーが現状を把握して適切な対策を取れるようにデザインされています。

図1 東京都による新型コロナウイルス感染症対策サイト

新型コロナウイルスに関する情報は社会的な関心がとても高く、見やすいユーザーインターフェースを採用したこともあり、公開後は一日あたり100万を超えるPV数を叩き出しました。また、Vue、Nuxt.js、Netlifyなどのモダンなライブラリを活用し、ソースコードはMITライセンスのオープンソースとしてGitHub上に公開されたため、多くのユーザーに混じって台湾のIT大臣であるオードリー・タン氏もプルリクエストを送信してきたことも話題になりました。

図2 オードリー・タンからのプルリクエスト

北海道版サイトの胎動

東京版サイトがローンチされた頃、北海道での検査陽性者数は累計100人に迫る勢いで、北海道知事から緊急事態宣言が発令され、不安な状況となっていました。
そのいっぽう、北海道庁のウェブサイトで発表される情報は、様々なページにFAXのスキャンPDFや画像グラフなどでかっちり固められた「餅」のような情報が掲載されていたため、一般の方が北海道内の感染状況を直感的にすぐ把握することは困難な状態となっていました。

東京都版が発表された次の日の午後、Code for SapporoコミュニティのSlackにて、メンバーの一人から「北海道版が作れないか?」との提案が出ました。また、ほぼ同時期に札幌市内のIT会社を軸とした別グループから同様の呼びかけがFacebook上に展開され、お互い連絡を取り合って合同開発のために動き出しました。
この合流により強力な技術とコネクションを持ったチーム「Just道IT」が生まれたのです。(Just道ITとは、「行動あるのみ(Just Do it)」をベースにした造語で、「Do」を北海道の「道」「it」をIT技術の「IT」と読み替え、今回北海道のために集ったチームを意味します。)

すぐさまコロナサイト構築用の専用Slackチャンネルが開設され、北海道版の開発準備が始まりました。およそ30分でデータの解析方針が動き出し、ほどなくして北海道版の大まかな開発ラフイメージ(図2)がまとまりました。

図2 北海道版の開発ラフイメージ

イメージフラッグ

作業開始2日目の朝には募集のSNS情報を読んだメンバーが15〜20人ほどSlackに集ったり、札幌市ICT戦略推進担当課からデータ協力の申し出をいただくなどして、チームがさらに増強されていきました。Slackの関連チャンネルも増え、議論や開発が活発に進んでいきました。
このタイミングで、チーム内のグラフィックデザイナーが自らのスキルを最大限生かしたイラストレーション(図3)を製作したことは、今回のプロジェクトでも大きなターニングポイントでした。このイラストでは、Just道ITの腕章をつけたキャラクターがウイルスをかっとばすイメージが描かれており、開発メンバーたちのテンションは大いに高まりました。また、イラストは、GitHubのReadmeで表示されるだけでなく、サイトをリンクで紹介する際のOGPにも採用され、プロジェクトのPRにも重要な役目を果たしました。さらに、後にエース級開発者の一人となる旭川工業高等専門学校のY君も、Twitterで拡散されたこのイラストに惹かれてプロジェクトに参加することになり、名実ともに大きな「フラッグ」になったと思います。

図3 プロジェクトイラストはメンバーたちを勇気づけた
Illustration by LITTLEKIT under CC BY 4.0

起動と一石

週末をはさんで各メンバーたちはそれぞれ自分たちの得意技を発揮して、インフラ環境の整備や、関連データの処理スクリプト開発、デザインのブラッシュアップ、PR用Twitterアカウント取得などの作業進めていきました。等に今回採用されたNetlifyの簡易プレビュー機能は、すぐ変更点を確認できるため効率的な開発にとても役に立ちました。
こうしてサイトは発案から4日弱の3月9日の正午にローンチしました。SNSでのサイト紹介には、オープンデータや一次情報の重要性について一石を投じた、このような文章が添えられました。

僕たちは、行政が持つ「一次情報」をありのまま見ていただき、いたずらに不安を煽るのではなく、データによって現状をしっかりと把握していただき、いわゆるデマや間違った情報をうのみにしない状況が広がることを理想としています。

反響からの歓喜

サイトを公開後、各種メディア(北海道新聞・NHK・ニュースサイトのITmediaNEWS窓の社などでの紹介などもあり、サイトのページビューは開設4日間で15万にも跳ね上がりました。また、平均滞在時間は55秒と客観的なデータが幅広い方にじっくり閲覧され、「正しい一次情報の提供」という役目が果たせたものと自負しています。
そんな反響の中、「北海道庁からオープンデータとして関連情報を公開する」という一報が入り、開発メンバーたちからは喝采が上がりました。すぐGitHubやSlack上で行政担当職員とメンバーがカラム定義などについての意見交換を交わし、次の日には整然化されたオープンデータから直接サイトへのデプロイが行えるようになりました(図4)。

図4 北海道庁のオープンデータポータルサイト。現在は直接データデプロイを行っている

オープンデータが提供されると、プロジェクトにどんなメリットがあったのでしょうか?プロジェクト開始当初は北海道庁のwebサイトから手動スクレイピングしてデータ抽出を行っていました。しかし、行政のサイトにありがちな掲載情報の形式や表記が大きく変わるリスクを抱えつつ、いつ終わるともわからないデータメンテナンスを維持することは、チームのリソースを大幅に消費する恐れがありました。
思えば3.11以降多く生まれたシビックテックのプロジェクトの運用はとても大きな課題でした。開発段階では多くのリソースや情熱が投入されますが、ローンチ後のデータ更新や、モチベーション維持は難しく、多くのプロジェクトがこのような「運用の壁」にぶち当たってきました。
また、発災後数ヶ月も更新されていない●●マップなどのように、維持更新が放置されたサイトは、掲載されているデータそのものが古くなってしまい、そのサイト自身がフェイク情報化するリスクも持ち合わせています。
これらのリスクを回避するため、オープンデータとして行政から提供され、サイトに自動更新が行われるワークフローは構築当初からとても重要な機能と考えていました。
このオープン化によって、運用に関するチームのリソースを大幅に圧縮することができ、多言語対応やUI改善などに時間をかけることが可能になっていきました。

よりオープンな情報共有

全国の中でもいち早く東京版からforkした北海道版でしたが、メンバーたちは技術情報の共有を逐次行って、他地域へのサポートも積極的に行っていきました。
例えば、メンバーのmoyashidaisuke氏による環境構築の手順などのブログ(図5)や、Kanahiro氏によるデータ処理に関するQiita記事(図6)などは各地域の開発者が集うCode for JapanのSlackでも反響が大きく、各地域での開発に多大な貢献を果たしましました。
同様に各地域からもさまざな技術情報が投稿されていました。たとえば三重在住の高専生であるFPC_COMMUNITY氏がQiitaに発表した「東京都 新型コロナウイルス対策サイトへの貢献方法を解説」はLGTMを1500近く獲得し、数日間Qiitaのトレンド一位を獲得するなど、様々な好循環を日本中で生みだしていきました。
また、台湾のシビックテックコミュニティであるG0Vのメンバーが台湾版(図7)を作成したり、Code for San Franciscoによってサンフランシスコ版が稼働するなど、海外への展開もみられています。
このような動きからも、当初から東京都がオープンソースで公開した意義がとても大きかったと考えています。

図5 moyashidaisuke氏による環境構築記事
図6 Kanahiro氏によるデータ処理記事
図7 台湾G0Vメンバーによる台湾版サイト

行政との協働

北海道版の発表後も、地域シビックテックコミュニティによって各地域版サイト開設が広がっていきました。大阪府や千葉県のように行政とシビックテック団体の協働によってサイトを開発し、行政が運営する方式も生まれました。
しかし神奈川県では、地域コミュニティがリリースした次の日に神奈川県庁自身が公式版を出すという現象も起きてしまい、行政と地域シビックテックコミュニティの関係性についての課題を残しました。
また、地域シビックテックコミュニティから関連データをオープンデータ化してほしいとの要望を出しても、判断保留になっている自治体もあります。
もちろん、現場の猛烈な状況や人員不足といった要因があるため、一概には行政サイドを責めることはできませんが、次の脅威のためにも、大きな教訓として生かしていきたい点です。

シビックテックコミュニティの武器

北海道版の開発や機能強化がスムーズに進んだのは、いくつかの要因があります。
たとえば、官民双方のメンバーたちはもともとシビックテックイベントやオープンソースカンファレンス(OSC)北海道、各種勉強会などで顔見知りだった「フラットでゆるい網目状の集合体」だった点は大きな強みであったと思います。
また、当初から「透明性」「参加」「連携」という「オープンの文化」を理解していたことも大きなポイントでした。
これは、2018年に台北で開催されたG0VサミットでBaran(1962)のネットワークの類型図とともに掲げられた「エコシステムを構築し、協働で課題解決を行おう(図8)」というメッセージや、Code for Japanが示す「ともに考え、ともにつくる」というテーマにも重なります。
このふるまいは、今後も必ず起きる災害や社会課題に対する、シビックテックコミュニティの大きな「武器」なのかもしれません。

図8 G0VサミットでのスローガンとBaranの図。Twitterより

まとめにかえて

本稿では新型コロナウイルスに対するオープンソース・オープンデータ・コミュニティを軸とした様々な活動についてお伝えしてきました。
しかし、いまだ世界中で陽性患者数は増加の一途をたどり、解決のための道筋は不透明なままです。
わたしたちはデータとツールで抵抗を試みてきましたが、最前線で対応されている多くの医療関係者や自治体関係者のみなさんがいることも事実です。
現場で奮闘されている方々に多大なる敬意と感謝を捧げ、この稿を締めたいと思います。

--

--

Yasuto FURUKAWA

GIS Engineer / Organizer 人と位置と科学。Code for Japan/OSGeoJP/MIERUNE/Code for Sapporo/Rakuno Gakuen Univ./CoSTEP04