台湾IT大臣と話す事になったあなたに
※この記事はCivicTech & GovTech ストーリーズ Advent Calendar 2020の2020/12/6公開記事です。
はじめに
2020年はCOVID-19に振り回された散々な年でしたよね。
阪神大震災やオウム事件のあった1995年、東日本大震災の2011年がけっこう個人的なターニングポイントだったのですが、これらにまさるとも劣らない日々を過ごしています。
歴史の諸先輩たちが経験したおおきな戦争中の心境ってこんなのだったのでのではないかと時々思ったり…あ、でも、わたしは元気ですよ、ご心配なく。
…ということで、2020年はシビックテック的には北海道版コロナまとめサイト構築の経緯にかかわるお話もよいのですが、それはこのすばらしい北海道新聞さん記事あたりなどなどにおまかせして、わたしにとってもうひとつの大きな出来事、台湾のIT担当大臣であるオードリー・タンさんと9月末に対話させて頂いた際の経緯と内容のふりかえりを書きたいと思います。
この記事は、急きょ「台湾IT担当大臣と来月対談して」と電話で言われた方向け…だとかなり稀有なケースだとおもいますので、あの対話をちょっと読んでみようかなという方、すでに読んでてさらに深く考えたい方…にご笑覧いただけると幸いです。いわば音楽アルバムのライナーノーツみたいな感じですかね。
後述しますが、彼女は多くのイベントなどに露出しているものの、招致側で振り返りを行っているコンテンツはかなり少ない状況にあります。
私自身の記録として、また、これからの世代のための手引としての側面から誰かが検索にひっかけてくれて読み返していただけると嬉しいです。
突然の依頼メッセ
北海道ではテクノロジー・コンテンツ・地域の人々をつなげるNoMapsというカンファレンスが2016年から開かれています。このNoMapsでわたしはこれまで登壇や出展をさせていただており、たとえば2019年にNASA International Space Apps Challenge といったハッカソンの運営にも関わっていました。
2020年8月にこの時一緒に動いていたNoMaps事務局の小島さんから突然メッセージが来ます。
台湾のオードリー・タンIT大臣をブッキングできたので、古川さん出ていただけますでしょうか?
このメッセを読んだ瞬間、サイゼリア1000円ガチャを地図的に示すアルゴリズムについてぼんやり考えていたわたしは、本当に椅子から転げ落ちそうになりました。そして姿勢を立て直しつつ数秒で頭のなかで考えたことは
・ こんなおっさんでいいのか、ヤングのほうがいいんじゃないか
・ わたしの9ペタ倍すごいCfJの関さんとか地理院の藤村さんのほうがいいんじゃないか
・ 一回台北で会って5分は話したことあるだけで対話なんて恐れ多くも
・ てか台北いけるのか、大好物のサバヒー粥がまた食えるのか、それは捨てがたい
…といったことでした。しかしせっかくいただいたチャンスですし、ここで断ってしまうと結局後悔することはわかっているので、一息飲んだのち謹んでお受けすることにしました。その後さくらインターネットの田中社長もオンラインで参加ということになり、出川哲朗並みのわたしの英語で国際問題になってはいけませんので、通訳さんもつけていただくことになりました。
スケジュールとしては9月28日に対話を収録し、編集後にNoMapsカンファレンス一発目のキーノートセッションで10月14日に公開ということになりました。
「週刊オードリータン問題」に悩む
台湾サイドとさまざまな手続きなどがあったため、実際にセッションの設計にGoが出たのは9月ごろでした。このころからNoMaps事務局の小島さんや佐藤さんとも何回かブレインストーミングやミーティングのお時間をとっていただき、大まかなフレームを考え始めました。
ところが、この最中に気になることが出てきました。
予習のために彼女に関する情報やニュースを集めていたのですが、10月のNoMapsの前後で、日本国内の様々なオンラインイベントに彼女がたくさん登壇することがわかってきたのです。
たとえば、LINE、SalesForce、早稲田大学、J-Wave…などなど名だたる企業や大学、コンソーシアムなどへの登壇が目白押しとなっていました。また話をする相手も沖縄県知事から落合陽一、はたまた岡村靖幸に至るまでバラエティに飛んでいます。ほぼ彼女が毎週1−2回国内イベントに出ているため、これではまるで「週刊オードリー」ではないかと思ったほどでした。
もちろん彼女の考えや取り組みが多くの人々が共有していくことはとても良いことですし、彼女自身が掲げる「空間からの自由(Location Independence)」にも沿っているので何ら不自然なことではないのです。しかしいくつかのイベントでは、踏み込みが浅かったり、ほかのイベントと同じ質問をなげかけていたりして、それを受けて彼女も同じ紹介を行うパターンがありました。これはおそらく依頼側も様々な事情があり仕方ないことなのですが、わたしのなかでなかなか言語化できないモヤモヤが生まれ、小さなかたまりとなっていきました。
そんな中、いくつかの言葉がわたしを助けてくれました。
9月に参加したCode for Japan のオンラインハッカソンSocial Hack Day で台湾G0VメンバーのBessさんとたまたま話す機会がありました。彼はオードリーさんと様々なプロジェクトを行っています。
「いろいろなイベントに彼女でてるよねえ、何聞いたらいいんだろ…」
と軽く聞いたら
「実際彼女は同じ話をあちこちでしてお腹いっぱいなようなので、技術的なことも聴くと喜んで話してくれると思うよ。彼女だってコードが好きな一人の開発者なんだし」といったアドバイスをくれました。
そうか!とひらめいたこととして、わたしや田中さんには大きな武器は、彼女とオープンソースソフトウェア・オープンデータ・シビックテックのコミュニティ仲間であるということでした。
わたしのささやかな経験上これらのオープンな分野に関わっていると、たとえ国や言葉が違っても同じ物語(ミーム)を共有できることがあります。これは彼女のが時々言う”ハッシュタグ”による連携のようなもので、もっと簡単に言うと「マリオの出てるゲームが好き」「スターウォーズのマンダロリアンの新シリーズ始まったよね」なんてフレーズが国や言語を超えて共有できるような感覚です。
また、Twitterで見かけたこの意見にはハッとしました。
この混沌とした世界を救うモーゼでもウルトラマンのように彼女を崇めるのではなく、彼女やその背景から何を学び、どのように私達自身が成長できるかが問われているのではないか、そんな考えが湧いてきたのです。
このほかにも、オードリーさんの本を執筆するため、台湾で多くの取材をされている近藤弥生子さんのNOTEにあったこのフレーズにも大変勇気づけられました。
一人の天才を生むことは難しいが、
一人ひとりの心に小さなオードリー・タンを作ろう
そうです、ただ神様にお祈りするのではなく、小さなオードリータンを増やしていけれるようにすればよいのです。悩んでいたわたしに台北が見えたような気がしました。
これらの言葉たちから大きな力をもらい、NoMapsという北海道の地域カンファレンスで深く彼女にお話を聞く意義から、対話のフレームが決まりました。
巨大なインタビューイを目の前に全くなにをどう聞いていいのかわからない状態よりも、ここまではっきりした流れであれば、インプットや詳細な設計もやりやすくなります。
このあと、オードリーさんに関する国内外の記事や動画などを20〜30本は確認し、気になった箇所をどんどんEvernoteに書き足していきました(参考になった記事やコンテンツは記事の最後にまとめています)。
多くのイベントで話されている「マスクマップ開発秘話」「ピンクマスクの包括性」などはあえて今回では出ないようにして、観点を「地方における自発的な協働」「ソーシャルイノベーション」などにぎっちり絞りこみました。
また、吉田豪に次ぐインタビュー名人(とわたしは思っている)北海道大学Costep西尾さんにもご相談し
もっとも聞きたいところは真ん中にするように
起承転結を持ってくると良いですよ
というありがたいアドバイスも参考にして構成を検討しました。
日々のお仕事もあるので、たいてい夜中に作業を進め、インタビュー当日の未明まで推敲をかさねた結果、ようやく16個の質問と流れを作成しました。
当日の様子
収録当日の9月28日朝10時には東京のさくらインターネット本社に田中さん、札幌のインタークロス・クリエイティブ・センターにわたしとNoMapsの小島さん・佐藤さん、そして通訳の田中さんがスタンバイしました(奇遇にもこの収録には田中さんが二人!さすがにオードリーさんもこれはくすりと笑ってました)。
通話プラットフォームはZoomリスクを鑑みて、 当初から台湾側よりノーマル版のSkypeを使うようにとの指定でした。また、収録中は基本的にPCのインカメラでコミュニケーションをとりましたが、セッション用の動画や音声素材は別途それぞれ撮っていたいたため、公開されたコンテンツは臨場感がとても出ていたとおもいます。これは様々なライブ現場を経験しているNoMapsさんや、編集を行ってくださったクリプトン・フューチャー・メディアさんの力量によるものだと思います。
オードリーさんは多忙にもかかわらず私達のために2時間も確保していただきました。しかし翻訳をしていただく時間などもあるので、実質対話に使えるのはわずか1時間ほどになります。
約束の10:30になると車の後部座席にいる彼女と接続することができました、どうやら前の仕事が押してしまったようです。まさかこのまま収録なのかと焦りましたが、すぐ車を降りてオフィス内に移動後はセットされたPCでの通話に切り替わり一安心でした。
収録スタート前にわたしはアイスブレイキングの挨拶として、2018年のG0VSummitに参加した際に「勅命 開放資料」の御札ステッカーを直接お渡ししてすこしお話させていただきました…などと自己紹介し「我ながら最高のツカミやで…」などと心のなかで悦に入りながらPCカメラにそのステッカーを掲げました。
しかし次の瞬間わたしのSkypeのカメラがオフになっていることに気が付いたのです。
「あああ、これでは見えませんね… 」
と弁解したところ一同の笑いを誘ってしまい、かえって場が和んだのはとてもポジティブな出来事でした。
やりとりの振り返り
こうして始まった対話の様子はNoMpasの全文書き起こしや北海道新聞の解説入り抜粋記事を御覧いただけます。
彼女の優しい振る舞いや、三人の空気感もすごく出ているので、動画もおすすめです。
では、ひとつひとつの質問・やり取りに、簡単なコメント解説をしてみたいとおもいます。
オープニング
NoMapsのスローガンに「地図なき領域を開拓する」というフレーズがあります。しかしコロナ渦のあと、「ほんとうに地図がなくなってしまった」世界にひっくりかえったような感覚があり、説明におりまぜました。また、技術系や専門領域系のイベントに比べNoMapsには地域の現場で動いている方も多いため、なるべく平易な言葉でのやり取りをお願いしました。この呼びかけにたいして、オードリーさんはフランクな服装ですよね、と優しく返してくれています。
彼女は収録前のカメラテストの際にはフォーマルな印象の黒い上着も羽織っていました。「中には青を着ているけどどちらがカメラ的に良いですか?」ときかれ、フランクな青色をお願いした経緯もります。
なお補足ですが、近藤さんのNoteによるとSDGsのひとつである「パートナーシップで目標を達成しよう」の青を最近彼女はよく着ているそうです。
Q 1:北海道に関するエピソードイメージについて
ウォーミングアップやアイスブレイクの役目として、上記の西尾さん仰るところの「起」の質問。
台湾で北海道の名前は有名です。自己紹介をする時「北海道(ベーハイドー)から来ましたよ、冬は1mは雪が積もるし、先週うちの近所にはヒグマが出てメールで注意喚起が来ます(実話)」というとみんな笑いながら目を輝かせてくれます。
オードリーさん自身が北海道に来たことがあるのかもちょっと気になっていたので、まずは聞いてみました。でもこの返答のなかで一番刺さったのはこのフレーズでした
アイデアが生まれた土地や人々のことを本当に理解したいのならば、1週間は最低でも必要だと思っています。
わたしは時々総務省地域情報化アドバイザーなどで自分が住んでいない地域に行って講演やワークショップを開くのですが、その土地のことについて何ら知らない自分にいつも小さく苛立っていました。この言葉を聞いて次からはすこしでも滞在時間を伸ばしたり、小さな商店街でも歩きまわったりしてその土地の匂いをしっかり嗅ぎ取ってみようとおもったのでした。
Q2:最近興味を持って勉強しているジャンル・プログラム言語・ライブラリについて
これも「起」の質問ではあるのですが、G0VのBessさんのアドバイスを受けて「一線級の技術者」としての彼女を聞いてみたかったねらいがありました。彼女のGithubを見るとわかるように頻繁に何らかのプログラミング作業を行って、コミュニティーに貢献しています(一日7時間は必ず寝る彼女は、夢の中でプログラミングをしているのだろうか…)。
そんな彼女がいま注目している技術情報について、機械学習などに関するプログラムライブラリあたりかなと思っていたのですが、以外にもXR技術の活用という答えでした。これには田中さんも「ですよねー」と乗ってきていただき、ちょっと緊張がほぐれた瞬間でした。
Q3:日本における課題感と、リバースメンターシップについて
すこし深めの質問としました。ここからはもう「承」よりも「承転」くらいの段階に上がっていったような気がしています。
対話の設計段階で心配していた「どの日本のイベントでも似たことばかり聞かれているのではないか?」という疑問から、ではあえてその「たくさんの同じような問いかけ」の根源にある課題や方向性について鳥瞰的視点で問いかけてみました。
3ターン目でちょっと踏み込んだジャブパンチかなと思ったのですが「Great question」のあとに、産業と社会の関係性について大変示唆に富んだ考えを共有してくれています。
彼女は台湾と日本に「創造的破壊技術」より「包摂的技術」に取りくめる点について述べていますが、これはかねてから日本における高齢化社会と技術バランスについて彼女は言及しており、共通項としてできることはあるのでは、という提案だとおもいます。
この流れで35歳以下のスタッフが閣僚のメンターとなるリバースメンターシップ制度については彼女自身から話がでるとは以外な展開でした。この制度についてはすでにいくつかのイベントで紹介があったので「年功序列」についてさらに一歩踏み込んでみました。
東アジアにおける「(一日でも先に生まれた人を敬う)儒教社会」と「オープンかつフラットさ」のバランスについては、オープンソースのコミュニテイや、スポーツチームなどでもたびたび気になっている疑問でした。しかし簡潔かつ納得の行くお話がいただけて勉強になりました(その後彼女は別のインタビューで若者(青)と高齢者(銀)が学び合あい共同でイノベーションを起こす”青銀共創”の取り組みについても紹介しています)
このラウンドは思いのほか話題が深くひろがり、前半部分での大きなターニングポイントになったと思います。
Q4:地方における自発的な協働について
オープンデータの普及啓発を行っていると、地方公務員さんたちは大事なとりくみだとわかっていてもなかなか動き出しがつらい点があります。
ちょっと極端な例ですが、たとえばこんなイメージです。
そのようなマインドで「自発的協働重要!やれ!」…といわれても行政職員さんたちは困惑してしまうのではないか、という疑問が日々ありました。また、G0Vのメンバーや OpenStreetMap台湾の方に聞くと、台湾では台北に人口集中が見られ、その他の地域(たとえば東部など)ではイノベーションが届きにくいという声もちらほら聞いていたことも背景にありました。そのため、彼女は地方をまわるソーシャルイノベーションツアーを通じてどのような取り組みやコミュニケーションを行っているのか、という興味があって聞いてみたのです。
この問いに対し、オードリーさんは今年の総統杯ハッカソンでは地方チームの受賞も多く、様々なイノベーションも生まれつつあると説明してくださいました。この話を聞いてどうしても減点法に行きがちな行政側でも「応援」する仕組みも同時に起こす重要性を再認識しました。
わたしの勝手な推測ですが、この背景には彼女が提唱する「まず楽しむこと Optimizing for Fun」や、CivicTechFest 2017での発言「自分たちのゴールに集中し、小さなことでも祝いながら、ちゃんとできているのか?を要所要所で見つめ直すこと」、先日落合陽一と話していた「祝祭としての選挙」の観点にも通じているのかもしれません。
Q5:地方の一次産業と5G
北海道ならではの視点を考える上で農林水産業などの第一次産業とテクノロジーとのかかわりは重要な問いだと考えていました。「実証実験」として様々な地域でテクノロジーが導入される取り組みはあるものの、エンドユーザーの一次産業従事者も主体的に(楽しく)関わっているかどうかはいつも気になっている点でした。台湾でも多くの第一次産業があり、さまざまなイノベーションが展開されています。たとえばここではTAPという食品トレーサビリティーのシステムにも触れていますが、台湾におけるテクノロジー側とフィールドワーカー側での協働について質問してみたのです。
オードリーさんからは、地域コミュニティや社会的起業家らがベンダーと共同事業を行うことに対して奨励金を出す仕組みについて紹介を受けました。しかしこのやり方は日本の補助金制度とあまり変わらないため、どこかで地域のマインドセットに対する仕掛けががあるのではと思っていたのですが、タイミングを逸してしまいました。すこし踏み込み不足ですね、反省。
このあと、彼女から地方にこそ5Gを展開しているという紹介になりました。この事例についてもすでに「辺鄙場所であるほど、先進的に」という事例を予習で知っていたので「では経営者として利益のあがらない地域になぜ5G投資をしなくちゃいけないの…って心配になるのでは?」という少々意地悪なアドリブ質問を投げてみました。
これに関しても次のラウンドにもつながる「企業および社会における”利益”とは何か」の観点から理路整然としたコメントがもらえ、とても重要な示唆が提供されたと考えています。多くの日本企業でも参考になるかもしれませんね。
Q6: 中小企業も含めた貢献・オープンイノベーションについて
Q5にも関連して、テクノロジー企業による社会貢献は日本でもちらほら見られていますが、まだまだ企業体力や予算のある大きな組織がメインに行っている実情もあります。また、国内企業からオープンソースソフトウェアコミュニティへの貢献も活発ではなく、フリーライドも少なくない状況です。これらをふまえ「実際、企業は社会のためにどんなことができるのでしょう?」とぶつけてみました。
オードリーさんからは、トレンドマイクロによるDr.Messageといった社内プロジェクトから社会実装に至ったオープンイノベーションの事例を紹介しつつ、中小企業でもソーシャルイノベーションを軸に貢献ができる方向性を指し示していただけました。
また、さくらインターネットさんはかねてからオープンソースコミュニティやシビックテックへの多大な支援を行っていただいている経緯もあり、このあと田中さんやさくらインターネットさんが社会を念頭に貢献活動をするのか、について素敵な視点が共有されて、とても良い展開になったと思います。
Q7:先進的なデジタルと伝統的な文化について
北海道ならではの地域文化的な要素もいれようということで、先住民族とテクノロジーの関係についても聞いてみました。あまり知られていないのですが、台湾には原住民族(台湾政府の表記)の方が数多く生活されています。また、かれらの文化にも今もなお関心が寄せられており、中華圏のグラミー賞とも言われる金曲奨には原住民語部門もあります。もちろんシビックテック分野でも様々な取り組み活発で、言葉のオープンデータをベースにしたプロジェクトもあり、下記Tweetのように若い人もシビックプライドを持って参加をしています。
また、オードリーさん自身もオープンな辞書「萌典」や関連プロジェクトで原住民族の言語データについて作業を行っていた経緯があり、テクノロジーと文化の保存や継承についてどの様なアプローチをしたのか興味があったのです。
オードリーさんからは、マイノリティ・インクルーシブ・テクノロジーに関係してとても熱心なお話がありました。複雑な話題であるため数分で説明することが難しいとおっしゃっていましたが、個人的には今回の対話の中でこの部分がとりわけ彼女のパッションを感じたように思います。このお話を伺って、萌典プロジェクトがどのように対話を重ね、今もどう進んでいるについて興味がわきました、追々調べてみたいと考えています。
そして、ここで語られた for/with/afterの考え方は、今後のテクノロジーと包摂性を考える上とても重要なお話だったとおもいます。
Q8:シビックテック・ソーシャルイノベーションと多様な参加
「プログラムができないからシビックテックに参加できないと思ってました」や「これからはプログラミングを絶対学ばないと行けないのでしょうか?」といったコメントをもらうことがあります。でもG0Vなどをみいてもガチガチのプログラマーはさほど多くはなく、様々な属性を持つ方が参加しています。たとえば、G0Vハッカソン参加者用のステッカーをみるとプログラム言語のpythonから法律まで様々なジャンルがあり、多様な参加を念頭においていることが現れています。
そこで今回のセッションを聞いてくれた方が「参加や貢献をしたい!」と思ったときに、コミュニティに対してどのような関わり方ができるのかについてオードリーさんにたずねてみました。
このラウンドでも彼女や田中さんの間で濃密な対話が行われるので必見なのですが「プログラム”デザイン”」という言葉をベースにした概念や考えは今後プログラム教育に関わる方にとっても良い指針になるとおもいます。
補足ですが、最近ではInternet Week 2020での楠正憲さんとオードリーさんの対談で、これからの情報社会においてデジタルリテラシーよりもコンピテンシー(行動特性)というお話があったようです。この概念について彼女は黒鳥社若林さんのインタビューでも下記の様に言及しています。
わたしたちは「リテラシー」という言い方をせず「デジタルコンピテンス」、および「メディアコンピテンス」と呼んでいます。「リテラシー」という言い方は、ユーザーが読者や視聴者といった受け手であることを前提としているからです
これらのことから、彼女は今後プログラミングのような機械を動かすスキルよりヒト側への包摂性に注目しているのかもしれませんね。
Q9:次世代へのメッセージ
インタビューの時間がけっこう厳しくなりつつも、ゆるやかな着陸のための「結」の質問は次世代にむけたメッセージを聞いてみました。
ただし次世代へのメッセージをお願いしますというとあまりに普通なので「あなたがいまティーンエージャーだったら何をしていると思いますか?」とちょっとひねった質問をしてみました(わたしは気がついてなかったようですが、この質問を通訳さんから聞いているときオードリーさんはニヤッとしていたそうです)
この問いに関してもなかなかおもしろい答え返してくれています。確かにインターネットの上では年齢も性別もわからないままプロジェクトに参加して大活躍をするなんてよくあることです、実際にわたしたちのプロジェクトでも突然現れたハイパー開発者IDがじつは17歳の高専生だったなんてこともありました。
彼女は次世代に対してこう呼びかけます。
自分にとって安全で快適な場所から飛び出して、あなたが知らない人と一緒に働いてみてください。
そうすると、あっと言う間に彼らはあなたの中にひび割れを見つけ、あなたも彼らの中にひび割れを見つけるでしょう。
そして、そこから光が一緒に射し込むのです。
この言葉は多くの若い方にとても良いアドバイスだと思います。
Q3やQ8にも関連しますが、ネットの中では皆フラットであり居心地もよい、でも自分自身も成長し、社会と折り合いをつけていくために冒険は必要なのかもしれませんね。
彼女はイベントの最後に必ず大好きなレナード・コーエンのAnthemから「ひび割れ」のくだりを引用します。わたしはてっきりコーエンが詩人だと思っていたのですが、シンガーでもあり、けっこう渋い声をしていますね。
また、最後に必ず示す 🖖のポーズはスタートレックに出てくるミスタースポックが行う”ヴァルカン式挨拶”へのオマージュで、”Live Long and Prosper(長寿と繁栄を)”という意味になります。
わたしは予習で彼女が最後にこのポーズを示すとわかっていたのに疲労困憊で返す余裕がなかったのが心残りです(田中さんは返してくれています、さすが)
話してみて・その後
オードリーさんの真摯な姿勢や、やわらかな所作は大いに学ぶポイントでした。普段から頻繁に機械を相手にしている人は(すべての方ではないですが)人間に対してもコマンド入力をするような態度(たとえば硬い命令口調だったり、否定から入ったりなど)を示す傾向があったりします。
しかしオードリーさんはIT担当大臣や一線級の開発者であるにもかかわらず、まずは肯定的なリアクションから入り、圧倒的な智慧と哲学がベースにありつつも、ポジティブとユーモアを織り交ぜて対話を楽しんでいました。これも彼女の「包括性(inclusive)スキル」のひとつなのかもしれません(なお、あまたの専門家とお仕事をされてきた通訳の田中さんはオードリーさんの予習をしたり、実際にお話をしてみてすっかり彼女のファンになってしまったそうです、すごいですね)。
大きな組織の中でさまざまな取組みをされている田中さんの役割もとても重要なエッセンスになって心強かったです。
田中さんとわたしは面識はなかったのですが、先述のように三人ともオープンソースソフトウェアのコミュニティに関わっていることもあり、なんだかオープンソースカンファレンスでのブース前で「へえそうなんですねー」と立ち話をしているような安心感がありました。またこの安心感が序盤から熟成できたことにより、中盤の「リバスメンターシップ」「ダイバーシティとインクルージョン」「プログラムデザイン」の深いやりとりになったのかもしれません。本当にありがとうございました。
また、書き起こしのテキストに関してはCCBY4.0ライセンスでの公開をお願いしたところ、NoMapsの廣瀬事務局長にご快諾していただき、多くの方が読んでいただけるきっかけにもなりました。お礼申し上げます。
10月14日公開日のYouTubeLiveでの放送では同時に600人ほどの方が視聴してくださったようです、コメント欄やTwitterなどで熱い感想を書いてくださったみなさん、すこしでも刺さったようで良かったです。ありがとうございます。
参考になったサイト
オードリーさんに関するさまざまな情報がネットにはありますがこのあたりはとても参考になりました
・台湾デジタル大臣「唐鳳」を育てた教えと環境 天才をつくった恩師の言葉と両親の教育
・台湾のコロナ対策を賞賛する、日本の人たちに知ってほしいこと
・ホログラムで市民と対話!? 全世界が注目する台湾の”デジタル大臣”オードリー・タンが語るCOVID-19対策と新しいデモクラシーのかたち
・ユヴァル・ノア・ハラリ×オードリー・タン対談(1/3)──「ピンクのマスクはカッコいい」、誰もがルールづくりに参画できる社会の到来
・「国民が参加するからこそ、政治は前に進める」――38歳の台湾「デジタル大臣」オードリー・タンに聞く
※そうでした、G0Vコミュニティのきっかけとなったひまわり学生運動を追ったドキュメンタリー私たちの青春、台湾 も見たいんですよね。近くではやってないので、行けそうな方はぜひ。
長い長い記事をここまで読んでくださってありがとうございます。
(1万文字以上あるようです、ごめんなさい)
収録の翌日、わたしはG0VのSlack経由でオードリーさんにお礼のメッセージを送りました。
手紙を入れた瓶を南に向かって投げるような気持ちで返事を期待していなかったのですが、数日後このようなリアクションがついていました。
この記事があなたのこれからのシビックテック/ソーシャルイノベーション活動にすこしでも役立てば幸いです。
長寿と繁栄を 🖖